本レポートは、Solanaの全体像を解説した「Protocol Report」の【後編】です。前編では、Solanaの歴史的背景、市場での立ち位置、エコシステムを支える主要組織について解説しました。この【後編】では、パフォーマンスを支えるコア技術や開発者向けのツール群など、より技術的な側面を深掘りします。
なお、本レポートは特定のプロトコルを推奨するものではなく、Gincoが培ってきたリサーチや事業開発の知見に基づき、Solanaを技術的かつ中立的な視点から体系的に解説するものです。Web3領域における事業開発やリサーチに取り組む皆様にとって、客観的な情報源となることを目的としています。
Solanaは、手数料コスト、処理速度、ノードの分散性といった特徴により、スケーラブルで効率的な分散型アプリケーション(dApps)を構築する開発者にとって、有力な選択肢の一つとなっています。
Solanaは、1回あたり0.001ドル未満という安価で予測可能な取引手数料を特徴としています。これは、ネットワークの混雑状況に応じて手数料が変動するBitcoinやEthereumとは異なる点です。Solanaは「ローカル・フィーマーケット(Localized Fee Markets)」という仕組みを導入し、手数料の安定化を図っています。
この仕組みでは、例えばNFTのミント(発行)時のように特定のアカウントに需要が集中した場合でも、その影響を該当アカウントの手数料上昇に限定し、ネットワーク全体の利用者に影響が及ぶことを防ぎます。この手数料モデルは、Solanaの並列処理能力によって支えられており、トランザクションを複数のスレッドで同時に実行することで、特定処理の混雑が他の無関係な取引に影響を与えることを回避します。
これは、ネットワーク全体の混雑により全ユーザーの手数料が上がってしまう「グローバル・フィーマーケット」とは対照的な設計です。
加えて、Solanaは「オプティミスティック・コンファメーション(optimistic confirmation)」により、400〜600ミリ秒という高速なトランザクションのファイナリティ(確定)を実現しています。これは、ネットワークの3分の2以上のステークを持つバリデーターがブロックを承認した時点で、全体の合意を待たずにトランザクションが確定する仕組みです。
これらの特徴により、Solanaは高速、低コスト、かつスケーラブルな基盤として、特に決済や高頻度取引を伴うユースケースに適した設計となっています。
Solanaは、最大65,000件/秒(TPS)という理論上のスループットと、最短で400ミリ秒のブロック生成時間を実現する設計となっています。 実際の運用においても、ブロックタイムはおおよそ500〜600ミリ秒で推移しており、Solanaは主要なブロックチェーンの中でも高い処理性能を持つと評価されています。
この即時性のあるトランザクションファイナリティは、特にリアルタイム性が求められるユースケース、たとえば決済、ゲーム、分散型金融(DeFi)などにおいて利点となります。
比較として、Ethereumは平均12 TPS、Bitcoinは約7 TPSとされていますが、この高い処理性能の背景には、Solanaの核となるProof of History(PoH)という独自のコンセンサスメカニズムが存在します。
※参照: 「Solanaの歴史: Proof of History(PoH)とは」
さらにSolanaでは、並列トランザクション処理が可能で、独立したトランザクションを別々のスレッド上で同時に実行することにより、他のブロックチェーンに見られるようなボトルネックを回避しています。
これらの仕組みに加え、最適化されたバリデータネットワークや低レイテンシなアーキテクチャによって、Solanaはネットワークの規模が拡大しても高スループットと低遅延を維持する設計となっています。
Solanaのネットワークは世界中に広く分散されており、46カ国、210の都市、506のデータセンターにわたって5,250以上のノードが稼働しています。
このような広範な分布により、ネットワークの分散性と耐障害性(レジリエンス)が高められ、特定地域での障害が全体のパフォーマンスに与える影響を低減します。
特に、アメリカとドイツには多くのバリデータが存在しており、これは他の主要なブロックチェーンでもよく見られる傾向です。
Solana Foundationは、さらなる分散化を推進するために、複数のバリデータクライアントの開発支援や、地理的に多様な地域でのバリデータ運用を促進しています。
2023年10月時点でのSolanaネットワークのナカモト係数(「あるブロックチェーンネットワークにおいて、システムの制御・合意に必要な最小の主体(ノード、バリデーター、マイナーなど)の数」)は21に達しており、これはネットワークの分散性やセキュリティを評価する上での指標の一つです。
このように、地理的およびクライアントの多様性に注力する戦略によって、Solanaはセキュリティ性と運用の堅牢性を向上させ、強固で効率的なブロックチェーンネットワークの構築を進めています。
多くのブロックチェーン開発者にとって、EthereumのアーキテクチャやEVM(Ethereum Virtual Machine)は馴染み深いものです。一方で、Solanaは根本的に異なる設計思想に基づいて構築されており、その開発モデルにも重要な相違点が複数存在します。
本セクションは参考情報として、特にEthereumでの開発経験を持つ方を対象に、Solana特有の概念や仕組みへの理解を深めることを目的としています。アカウントモデルや手数料体系、プログラミング言語といった基本的な違いから、トランザクションの構造や状態管理に至るまで、開発者が押さえておくべきポイントを項目別に解説します。
EthereumからSolanaへの移行では、ステートレスモデルへの適応、Rust(またはAnchor)の活用、並列処理を意識した最適化などが求められます。
Solanaは高スループット、予測可能な手数料、再利用可能なプログラムなど多くの利点を持ちますが、独自のアーキテクチャとエコシステムに対応する柔軟性も必要です。
Solanaは、トランザクション処理の効率化、ネットワーク全体の最適化、レイテンシ(遅延)の低減を目的とした一連の技術によって、その高いパフォーマンスを実現しています。
また、これらの技術によって、開発者やユーザーに対する高速・低コスト・高スケーラビリティを兼ね備えたインフラ提供を実現し、分散型エコシステムの構築と利用を促進していると言えます。
PoH(Proof of History)は、ブロックチェーンにおける時間管理のための技術であり、トランザクションやイベントに対して事前に暗号的なタイムスタンプを付与する「暗号時計」として機能します。
Tower BFTは、Solanaの高速アーキテクチャに最適化されたコンセンサス(合意形成)メカニズムです。
Turbineは、Solanaにおける高性能なブロック伝播プロトコルです。
Gulf Streamは、Solanaにおけるトランザクション転送を最適化するプロトコルです。
Sealevelは、Solana独自の並列トランザクション処理エンジンです。
Pipeliningは、現代のCPU設計にも見られるトランザクション処理パイプラインであり、Solanaの高速処理を支える重要な仕組みのひとつです。
Cloudbreakは、Solanaが採用する水平方向にスケーラブルなアカウントデータベースです。
Archiversは、Solanaにおける分散型のブロックチェーンデータ保存ソリューションです。
Solanaエコシステムでは、開発を支援し、標準化を促進するための多様なツールキットや規格が提供されています。以下では、その主要なものを紹介します。
Solana Program Library(SPL)は、Solana上で共通的に利用される機能を提供するオンチェーンプログラムのコレクションです。
SPLには、トークン規格、ガバナンスメカニズム、ステーキングプロトコルなどが含まれており、開発者はこれらを活用することで、アプリケーションにFT(代替可能トークン)やNFT、分散型ガバナンス、DeFiプロトコルなどの機能を統合できます。
SPLを活用することで、開発時間を短縮できるだけでなく、Solanaエコシステム全体との互換性も確保することができます。また、このライブラリは常に更新されており、新たな標準や機能が継続的に追加されることで、進化し続けるブロックチェーンの動向にも対応しています。
Anchor Framework は、Solana の Sealevelランタイム 向けに設計された開発フレームワークで、オンチェーンプログラムの作成を効率化するための便利な開発ツール群を提供しています。
Anchorは、IDL(インターフェース定義言語)やマクロ、テストユーティリティなどの高レベルな抽象化ツールを提供することで、Solanaスマートコントラクトの開発をシンプルにします。これにより、冗長なコード(ボイラープレート)を大幅に削減し、開発者がプログラムの記述、デバッグ、デプロイを行いやすくなります。
さらに、AnchorにはクライアントSDKも含まれており、オンチェーンプログラムとのやりとりを簡潔にし、全体的な開発体験を向上させます。
Solana Stack Exchange は、Solanaに関する開発者やユーザー向けのQ&Aプラットフォームで、コミュニティ主導で運営されているナレッジ共有の場です。
このプラットフォームでは、Solanaに関連する疑問を投稿したり、他のユーザーの質問に回答したりすることができ、課題解決や知識の共有、トラブルシューティングに役立ちます。
経験豊富なコミュニティメンバーによる投稿が多数あり、検索可能なトピックも蓄積されているため、Solanaでの開発や利用に関わるユーザーにとって、情報源の一つとなっています。
内容は、基本的な開発の質問から、高度なアーキテクチャ設計の議論に至るまで多岐にわたり、学び合いと問題解決を促進する協働的な環境が形成されています。
SolanaのCore Documentationは、Solana公式が提供する開発者向けの総合リソースであり、ガイド、チュートリアル、APIリファレンスなどを網羅しています。
このドキュメントには、初心者向けのステップバイステップ形式の解説、詳細なAPI仕様、実例付きのプロジェクトサンプルなどが含まれており、Solana上での開発を理解し、実践するための不可欠なツールとなっています。
また、最新の技術動向やベストプラクティスに合わせて定期的に更新されているため、開発者は常に正確かつ最新の情報にアクセスすることができます。
Solana Playground は、ブラウザ上でSolanaのスマートコントラクトを記述・デプロイ・テストできるWebベースの統合開発環境(IDE)です。
セットアップ不要で、事前に構築されたテンプレートやシミュレーション環境が用意されているため、プロトタイピングやSolana開発の学習に適しています。
このプラットフォームは複数のプログラミング言語に対応しており、以下のような開発支援機能を備えています。
これらにより、Solanaでのスマートコントラクト開発を効率的かつスムーズに行える環境が整っています。
Token Extension は、Solanaにおける SPLトークンの管理機能を拡張するツール群であり、メタデータ標準、ミント(発行)、バーン(焼却)、送金などの操作をサポートします。
この拡張機能により、Solana上でのトークンのカスタマイズや管理機能が拡張され、多様なトークン機能を必要とするプロジェクトで広く活用されています。
Token Extension は以下のような機能も備えており、多様なトークンタイプに対応しています:
これらの機能により、開発者は堅牢で柔軟なトークン管理ツールキットを活用して、さまざまなユースケースに対応したトークンシステムを構築できます。
xNFT は、Solana上で登場した新しい標準で、実行可能なNFT(Executable NFTとして、分散型アプリケーション(dApps)をNFTとしてパッケージ化・配布できる仕組みです。
このxNFTは、Backpackウォレットに対応しており、ユーザーはNFT上で直接アプリケーションと対話することが可能です。これにより、ゲーム、ユーティリティ系NFT、インタラクティブなdAppなどに適したフォーマットとなっています。
xNFTの導入により、開発者は以下のような可能性を広げることができます:
この新しい標準は、NFTの用途を「単なるデジタル所有物」から「実行可能なインターフェース」へと進化させ、Solanaエコシステムにおける革新的なアプリ体験を可能にしています。
Solana Pay は、高速・低コスト・安全なピアツーピア決済を実現する分散型の決済プロトコルです。
即時決済をサポートし、ウォレットやPOS(販売時点情報管理)システムとの連携も可能。さらに、QRコードを使ったシンプルな支払い手段も提供しており、EC(電子商取引)や小売のユースケースに適しています。
このプロトコルは、以下のような特長を持っています:
Solana Payは、Web3ネイティブな決済体験を現実世界に持ち込む手段として、活用が期待されています。
Solana Mobile Stack(SMS) は、モバイル端末上でのSolana体験を最適化するために設計されたツール群です。
このスタックには以下のような主要コンポーネントが含まれています:
SMSの目的は、安全かつシームレスなモバイル体験を提供することであり、開発者がSolanaの技術的特徴を活かしたモバイルファーストの分散型アプリケーションを構築できる環境を整えています。
本レポートは前編・後編の2部構成で、ブロックチェーンプロトコルであるSolanaを体系的に解説するものです。
前編では、Solanaの歴史的背景、市場での立ち位置、エコシステムを形成する主要な組織と具体的なユースケースを概観しました。続く本記事(後編)では、技術的な核心へと焦点を移し、その際立ったパフォーマンスを支えるProof of Historyをはじめとする8つのコア技術、さらに開発者向けのツールや標準規格の解説を通じて、エコシステムの構造をより深く掘り下げています。
これら前編・後編を通じて見えてくるのは、Solanaの**「統合型(モノリシック)」というアーキテクチャ**です。これは単一のレイヤーで処理を完結させる設計思想であり、代表的な競合であるEthereumなどが採用する多層的な「モジュラー型」とは対照的なアプローチと言えるでしょう。
このアーキテクチャの選択にこそ、各プロトコルの思想と性能を決定づける根幹が表れているように思います。両者のアプローチの違いと、そこから生じるトレードオフは、今後もブロックチェーンにおける主要な技術的論点の一つであり続けるのではないでしょうか。